ハワイに行ったら結婚できた!2

メンタルコーチ/デザイナー/保育士。幸田ユキ。

私が母を許せない理由は、母が【いじめの傍観者】だったから。

 

こんにちは!コダユキです。

 

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私が母を許せない理由は、母が【いじめの傍観者】だったから。

 

今年のお正月に実家に帰って

一言も両親と口を聞かなかったコダユキです

 

年末年始の帰省の様子はこちら ↓

yukik.hatenablog.com

 

あれから1ヶ月

一体これからどうしたもんだと

色々思いを巡らせておりました

 

どうして私は両親と仲良くできないのだろう?

 

毒親に育てられた人でも

両親を許して仲良くしている人もいる

 

どうして私は許す気にならないのだろう?

 

そうもんもんもんもんと考えて

ふと、気付いたのです

 

私には、両親を許す気が、全くありません!

 

それどころか

 

(どこかで無理だとは分かっているけれど

それでもやっぱり、)

両親を改心させたいと強く願っています!!!

 

 

正確に言うと

個人的に自分の両親が

どうのこうのと言うより

 

【幼い頃に私が経験した事】が

世間的に絶対に許されることではない

と考えている

ということに気付いたのです

 

【幼い頃に私が経験した事】を

もう誰にも味わってほしくないと

懇願しているのです

 

それは

家庭内でも、学校でも、会社でも

その他あらゆるコミュニティでも

 

 

 * * * * *

 

 

【幼い頃に私が経験した事】・・・

それは、

母親が『いじめの傍観者』だった。

 

 

状況をご説明します

 

私は両親と3歳年上の姉、父方の祖母の

5人家族でした

 

両親は公務員で

私の母はしつけとしての体罰

絶対にしない主義でした

 

体罰どころか

声を荒げて叱るところも

1度も見たことがありません

 

幼くても本人の意思を尊重し

習い事なども

本人がしたいと言ったものをさせる

という主義でした

 

 

一方で

私の姉は、とても意地悪な性格で

よく私のことをいじめていました

 

理不尽な事で怒ったり

毎日のように叩かれたりしていました

 

(姉の性格については当時の私の憶測ですので

実際の事実とは異なるのかもしれません

もしかしたら姉は、意地悪だったのではなく

発達障害等の問題があったのかもしれません

大人になって思い起こすと

色々と当てはまることがあります)

 

 

家庭内で姉に叩かれたりしていたので

当然、母も

その現場にいることが多いです

 

でも、一度たりとも、ちゃんと

助けてもらった記憶がないのです

 

母は、暴力を絶対にふるわないのです

また、姉の自由を認めるのです

 

 

その結果、

私は姉の気が済むまで

怒鳴られたり叩かれたりしました

 

私ももちろん

やめてと言ったり、逃げたり、

抵抗したりはしましたが

止むことはありませんでした

 

 

姉の私へのいじめがはじまると

母はその場にいなくなるのです

 

いなくなると言っても狭い家の中なので

とにかく別の部屋に行ったりして

私たちのことを

見て見ぬ振りをしていたようです

 

姉が私を叩きだす

→ 気が済むまでしばらく続く

→ しばらくするとふとやめる

→ 私が号泣して母の元に行く

 

毎回このような流れでした

 

 

私はこのあと

どんな理不尽な理由で

姉に叩かれたかを

一生懸命母に訴えました

 

「おねえちゃんが叩いてきた

私は何にもしてないのに

じゃまって言いながら叩いた

おねえちゃんが悪い」

 

そんな風に泣きながら

母に訴えた記憶があります

 

でも、母の答えはこうでした

 

「お姉ちゃんと仲良くしなさい」

「お姉ちゃんはたった1人の兄弟だよ」

 

そしてその後

母は姉にも声をかけていました

聞こえてきたのはこんな言葉でした

 

「ユキを泣かさないで。うるさいから」

 

私は絶望的な気分でした

どうしてそんなことになってしまったのか

話を聞いてくれることはありませんでした

姉を諭してくれることも

私を慰めてくれることもなかったのです

 

とにかく理由はわからないまま

私は姉の気の向くままにいじめられました

 

 

 * * * * *

 

 

母は私に手をあげたことはありません

姉にも手をあげたことはありません

姉は私を叩き続けました

目の前で

自分の子どもが

もう1人の我が子を叩いても

止めることさえできませんでした

 

それは体罰になるからでしょうか?

私にはわかりません

 

事が収まった後にも

姉が説教されることはありませんでした

それは姉の自由を尊重していたから?

そこも私にはわかりません

 

とにかく分からないことだらけです

 

私が大人になってから

そのことを母に聞いた時もありました

でも、筋違いな答えが返ってくるだけで

結局真相は分かりませんでした

 

 

 * * * * *

 

 

母は、家の外では

とても良い人のようでした

 

同じ職場の若い人から

身の上相談の電話が

かかってくることもありました

 

そんな時は、親身になって

相談に乗っていたのを覚えています

相手の話をじっくり聞いて

時には涙を流して共感していました

 

そんな母を見て

私の話もそんな風に聞いてほしい

と思ったのを覚えています

 

 

 * * * * *

 

 

多分、母は、とても良い人なのだと思います

優しくて、気が小さくて、

少女のような繊細な心を

持っているんだと思うのです

 

それは、なんにも【事】が起こらなければ

とても良い事だと思います

 

でも、それと同時に

目の前でなにか【事】が起こった時に

ついつい怖くなって

逃げてしまう人でした

 

たとえ、それが、

自分の子どもだったとしても。

 

 

 * * * * *

 

 

これは、

いじめと傍観者の関係

とてもよく似ているなあと思うのです

 

自分から積極的にいじめはしない

まわりでもいじめがなかったら

それは全く問題になりません

 

でも、いざ、目の前でいじめがあった時

止めるのが怖いからと逃げてしまうと

いじめられている人は救われないのです

 

いじめられている人からすると

いじめっ子と同様に

傍観している人のことも

「無視するなんて、

なんてひどい人なんだ」

と恨んでしまうのです

 

実際に、私は

叩いてきた姉よりも

そのいじめを傍観した母の方が

ひどいと思っています

 

もちろんそれは

『親のくせに。自分のこどもなのに。』

という思いがあるので

通常のいじめとは違うかもしれません

 

それでも

自分がひどい仕打ちを受けている時

周りの傍観者を許せるほど

被害者に心の余裕はないと思われます

 

つまり、何にも悪いことを

している意識がなくても

相手から猛烈に恨まれてしまうのです

 

こんな不幸な事があるでしょうか

 

私は、物心ついた頃から

ずっと母を恨んでいます

 

母は、私が物心ついた頃から

ずっと恨まれ続けているのです

 

なんにも、悪いことをしていないのに。

ただ、少女のようなガラスの心

持っていただけなのに。

 

それは、誰も悪くないという事実。

誰も悪くないのに

恨み合うという現実。

 

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ただ、母が、少しだけ

ガラスの心を捨てて

勇気を出して

姉の暴力を止めていたなら

きっと幸せな家庭だったろうな

そう思うのです

 

 

優しくて繊細でか弱い心は

環境次第では『悪』になってしまう

 

ただ、目の前で【事】が起こりませんように

と祈るよりも

なにか【事】が起こった時に

対応できる強さは

身につけた方が良いと

切に願うのです

 

 

* * * * *

 

 

私は

【幼い頃に私が経験した事】を

ただの思い出にしたくありません

 

ひとりでも

同じ思いをする人が減りますように

 

そのためにはどうすればいいのか

日々考えています

 

優しくて小さな可愛い女の子が

(同じように繊細な男の子も)

他人から恨まれなくてもいいように

小さな勇気を身につけるには

一体どうしたらいいのだろう

 

どんな教育をするべきなんだろう

どんな幼少期を過ごすべきなんだろう

 

 

私の母は

実際の血縁関係は母ですが

もはや【私の子ども】のような存在です

 

どうやったら母のような人が

小さな勇気を持つ事ができるだろうか?

 

自分を信じ

行動する事ができるだろうか?

 

やはりそれは

幼い頃にどれだけ

自己肯定感を高められるか

ということだと思うのです

 

普段は優しくて小さくて繊細でいい

でも、いざという時には

ちゃんと【小さな勇気】を出せる

そんな人が増えたらいいなと思います♡

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

参考文献:

ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)
 

 

中野信子さんの

『ヒトは「いじめ」をやめられない』

小学館新書)という本によると、

 

脳科学的に見て、いじめは

本来人間に備わった“機能"による行為ゆえ、

なくすことはできない」

のだそうです

 

いじめは、元々は

反社会的な人を排除しようとする

排除行為が行き過ぎたもの

 

最初は、

貢献しないのに利益を得ようとする人

フリーライダー:タダ乗りする人)

を排除していた

 

でも

その反社会的な人を探し出す際に

まだフリーライダーではないけれど

フリーライダーになりそうな人まで

見つけて排除するようになった

 

「スタンダードと少し違う」ことを理由に

怪しんで排除しようとする行為が

いわゆる『いじめ』になるのです

 

 

この本に書いてある事が

本当だとすると

(私は本当だと思うのですが)

 

いじめはなくすことはできないが

脳科学的に見て、いじめは

本来人間に備わった“機能"による行為だから)

 

ひとりひとりが気を付けていれば

いじめの芽を摘むことはできる

いじめになる前に、止める事ができる

と思います

 

そのためにも【小さな勇気】

必要なんだと思うのです

 

 

いつもありがとうございます♡

愛をこめて、ピピピ

幸田ユキ